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東京高裁での勝訴に関するご報告と、
上告審に向けた気構えについて

  竹田恒泰氏が私を提訴した裁判の控訴審の判決が、本年8月24日に東京高裁にて言い渡されました。

 

 東京地裁での一審判決に続いて、こちら側の主張が全面的に認められた勝訴でした。

 

 この裁判の開始以来、多くの皆様から温かいご支援や励ましの言葉をいただき、本当にありがとうございました。改めて、深くお礼申し上げます。

 

 控訴審判決の全文を収録したPDFは、地裁判決の判決文や、こちら側が一審と控訴審で裁判所に提出した準備書面と陳述書の一部と共に、本サイトの「裁判資料」のコーナーでダウンロードしていただけます。

 

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 東京高裁で言い渡された控訴審判決は、内容の全てを一から書き起こしたものではなく、東京地裁の裁判官が下した原判決(地裁判決)をベースに、言葉や表現を修正したり、必要な文言を追加する形式になっているので、それ単体で読んでもわかりにくい部分があります。けれども、内容全体として、原判決(地裁判決)の内容をほぼ踏襲した上で、さらに明確な形で、本裁判の争点となっている私の一連のツイートが「公正な論評である」ことを認定する趣旨となっていました。

 

 例えば、原判決のp.48に記されていた「そして、前記認定事実(1)及び(2)のとおり、原告(竹田氏)が講演会を複数回実施したり複数の著書を出版したりするなど、社会的に相当程度の影響力を有していたことや、前記認定事実(2)のとおり、原告自身も他国や他民族、原告と意見を異にする活動者等に対する批判的意見を加える際に、あえて攻撃的で侮蔑的ともとれる表現を多数使用し、読者が感得する当該批判的意見の対象への否定的評価をより一層高める手法を少なくない頻度で用いており、このような表現の内容・態様に鑑みると、原告としても、一定の批判は甘受すべきであったといえる。」という文章は、控訴審判決のp.7において、次のように修正されました。

 

「そして、前記認定事実(1)及び(2)のとおり、原告が講演会を複数回実施したり複数の著書を出版したりするなど、社会的に相当程度の影響力を有していたことや、前記認定事実(2)のとおり、原告自身も他国や他民族、原告と意見を異にする活動者等に対する批判的意見を加える際に、あえて攻撃的で侮蔑的ともとれる表現を多数使用し、読者が感得する当該批判的意見の対象への否定的評価をより一層高める手法を少なくない頻度で用いていたことに鑑みると、被控訴人(山崎)が、上記のような手法をも用いる控訴人(竹田氏)の活動ないし言動に関し、『人権侵害常習犯の差別主義者』等の強い表現を用いて批判的な意見ないし論評を表明したことも、ツイートとして相当と認められる範囲内にとどまるというべきである。」

 

 修正された箇所は、後半の「少なくない頻度で用いて」以降ですが、比較されればおわかりの通り、控訴審判決は原判決よりもさらに踏み込んだ形で、私が投稿した「人権侵害常習犯の差別主義者」という批判的論評が「ツイートとして相当と認められる範囲内にとどまるというべきである」と明確に認定しています。

 

 また、控訴審判決のpp.7-8では、原判決で上記に続く「以上の事情を考慮すれば、被告(山崎)による本件各ツイートの表現が、意見ないし論評の域を逸脱するものとは認められず、原告の前記主張を採用することはできない。」という文章の後に、改行して次のような文章を新たに追加しています。

 

「なお、控訴人(竹田氏)は、名誉毀損の表現が意見ないし論評の域を逸脱するか否かの判断に当たっては、その前提として、名誉毀損の表現が人身攻撃に該当するか否かに関する認定をすることが不可欠であり、本件については、専ら本件各ツイート中の名誉毀損の表現を、個別に又は一連のものとして捉えて、控訴人に対する人身攻撃に当たるかどうかを判断すべきである旨主張し、また、被控訴人(山崎)が本件各ツイートにおける表現を用いる必然性及び相当性があったかどうか、被控訴人の意見ないし論評に合理性があったかどうかを判断すべきである旨主張する。しかし、本件ツイートの表現それ自体で控訴人に対する人身攻撃とみられる内容であるとまではいえないし、被控訴人による本件各ツイートが、被控訴人の私的な感情に基づいて、控訴人の評価をおとしめたり、控訴人の講演会の実施を妨げたりする目的で行われたなど、控訴人に対する人身攻撃としてされたものであることを認めるに足りる証拠はない。既に述べたところからすれば、本件各ツイートの表現が控訴人の言動や表現方法等から導かれる意見ないし論評として不相当又は不合理なものとまでいうことはできない。控訴人の上記主張も採用することはできない。」

 

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 この裁判の判決が出た後、代理人弁護士の佃克彦さん(名誉毀損裁判に詳しく、名誉毀損裁判に関する著書も上梓されています)が、判決内容についての記者会見をして下さり、判決要旨と共に、時事通信と東京新聞、神奈川新聞、弁護士ドットコム・ニュースが記事にして下さいました。

 

 【作家の竹田氏、二審も敗訴 差別指摘は「公正」東京高裁】(時事)

 

「高橋裁判長は、竹田氏が書籍やツイートで中国や韓国に対し攻撃的、侮蔑的表現を多数使用したと認定。山崎氏の投稿は『(竹田氏の)言動や表現方法から導かれる意見論評として不合理と言えない』と結論付けた」(記事より一部抜粋)

 

https://www.jiji.com/jc/article?k=2021082400736

 

 【竹田恒泰氏、名誉毀損訴訟の控訴審でも敗訴 差別指摘投稿は「公正な論評、意見の表明」】(東京新聞)

 

「高橋裁判長は、竹田氏がツイートや著書で中国や韓国に攻撃的、侮辱的な表現を多数使っていたと認定。山崎氏の投稿は『意見・論評として不相当・不合理とまでは言えない』」(記事より一部抜粋)

※佃克彦弁護士による記者会見の動画も記事にあり

 

https://www.tokyo-np.co.jp/article/126564

 

【「差別主義者」ツイートは「論評」 竹田恒泰氏、二審も敗訴】(神奈川新聞)

 

※有料会員限定

https://www.kanaloco.jp/news/social/article-644497.html

 

【竹田恒泰さん、二審も敗訴 「差別主義者」ツイートは名誉毀損にあらず「公正な論評」】(弁護士ドットコム・ニュース)

 

「会見では山崎さんと、支援する会代表で神戸女学院大学名誉教授の内田樹さんのコメントが発表された。

〈原判決よりもさらに明確に、私の一連の投稿が、社会から差別をなくすという公益に寄与する公正な論評だと認められました。東京地裁の判決に続き、東京高裁でも公正かつ良識的な判決が下されたものと認識しています〉(山崎さん)

〈控訴人の差別主義的な言動について、原判決よりさらに踏み込んできびしくとらえた判決でした。差別主義者は公的な場に立ったり、公教育に関与する資格がないという山崎さんの意見が「合理的な論評」であると再確認されたことの歴史的な意義は大きいと思います〉(内田さん)」(記事より一部抜粋)

 

https://www.bengo4.com/c_23/n_13461/

 

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 今回の控訴審で一番驚いたのは、竹田氏の代理人弁護士が、裁判進行のための「準備書面」を、ただの一通も裁判所に提出しなかったことでした。竹田氏の代理人弁護士が裁判所に提出したのは、控訴審を始めるための「控訴理由書」だけで、竹田氏本人による陳述書も、一審では膨大な量(ほとんどは分厚いもので計10通)が提出されましたが、控訴審ではたった1通(10ページ)しか提出されませんでした。

 その陳述書が、佃弁護士の事務所にFAXで届いたのは、第一回期日の前日夕方で、こちらとしては内容を確認して対処する時間の余裕がありませんでした(佃弁護士がそのFAXに気づかれたのは第一回期日の当日朝)が、一読したところ、特に反論が必要なものとは感じられず、判決内容にも影響はなかったようです。

 

 そもそもは自分(竹田氏)が始めた裁判で、一審判決を不服として控訴したにもかかわらず、竹田氏とその代理人弁護士が、本気で一審判決を覆すために控訴審で全力を尽くしたとは、私には到底思えませんでした。勝つための努力を本気でやらないのであれば、控訴する理由もなかったはずなのですが。

 

 もう一つ、不可解に思えたのは、竹田氏が一審判決後に自らのYouTubeチャンネルで公開した動画で、自分の訴えを退けた東京地裁の裁判官を馬鹿にしたり、勝手な憶測で裁判所の信用を貶めるような言葉を述べていたことでした。それについては、本サイトの上の「裁判資料1~」というところにある「資料4・2021控訴審」というページで公開している「控訴審陳述書2」の中で詳しく説明していますので、興味のある方はご覧ください。

 

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 原告/控訴人の竹田恒泰氏は、地裁判決に続き、この高裁判決をも不服として最高裁に上告した模様ですが、上に述べた通り、竹田氏とその代理人弁護士は控訴審において、地裁判決を覆すための誠実な努力を事実上していなかったように、私は認識しています。

 

 竹田氏は一体、何がしたくて上告するのか、その目的が私にはわかりません。もし、自分の主張が裁判所に認められなかったことを不服として、原判決の見直しを裁判所に求めるのであれば、控訴審でも準備書面や陳述書を何通も提出して、裁判官を法理と論理で説得する努力を重ねていたはずです。

 それをしなかった竹田氏とその代理人弁護士が、地裁判決や高裁判決についての不服を論理的に説明する記者会見を行わず、報道機関向けのリリース(説明文)も出していない以上、上告の目的については、裁判を長引かせて判決確定を先送りにし、被告/被控訴人である私に一日でも長く心理的・物理的ストレスをかけ続けたい、というものであると私には感じられます。このような行為が、社会通念上、許されるでしょうか。

 

 そして私は、東京地裁判決の趣旨を継承する形で東京高裁が下した判決が、上告審で覆ることはまずないのでは、と確信しています。なぜなら、そんなことをすれば「日本は差別的言動をする者を『差別主義者』と呼んで根拠と共に批判する人間が罰せられる国」「社会から差別をなくす努力を放棄した国」ということになってしまうからです。本裁判における東京地裁と東京高裁の判決は、日本がそんな国であってはならない、という至極当然の良識的な判断であったように思います。最高裁判所が、そうした良識に反する場所であるとは私は思いません。

 

 私はこの件で人間として恥ずべきことは何もしておらず、上告審でも負ける要素は何も見当たらないと理解していますので、引き続き毅然とした姿勢で、竹田氏の裁判闘争に対処していきます。今後も裁判の行方を見守っていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。


 

2021年9月8日 山崎雅弘

高裁
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